<< 本事件で取られた法的措置の一覧 | main | 2010年12月25日付アルジャジーラインタビュー >>

これで幕引きではない −公安捜査の闇の解明を−

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    これで幕引きではない −公安捜査の闇の解明を−

    公安テロ情報流出被害弁護団
    弁護士 河健一郎

     
    10月28日、警視庁公安部外事三課のものとみられる捜査資料114点がインターネット上に流出した。流出した資料の中には、捜査に協力してきた一般人(主に日本在住のイスラム教徒)の住所・氏名はもとより、外見的特徴や入出国履歴、顔写真、家族の情報や日常行動など、詳細なプライバシー情報が含まれていたばかりか、捜査に協力してきたはずの彼ら自身が「テロリスト」容疑者として記載されるなど、重大な名誉侵害がなされていた。

    流出から二カ月経ってようやく、警視庁はこの件に対して「本件データには、警察職員が取り扱った蓋然性が高い情報が含まれていると認められた」という曖昧な表現で、事実関係を認めた。しかしこの間、流出した情報の個人情報部分に配慮しないまま、まるごと本にする出版社(第三書館)が現れ、出版された本では編集ミスで別人の情報を載せられてしまうケースが発生するなど、二次被害、三次被害が拡大している。出版社は裁判所による出版禁止の仮処分命令を無視して書籍を店頭に並べ、被害者である多くの一般市民たちは、好奇の目にさらされ、いつ誰に報復されるかわからない不安な日々を過ごしている。

    もっとも、この問題は、単に警視庁の情報管理体制の甘さや、便乗商法を行う出版社の低劣さを指摘して済む問題ではない。流出資料を丁寧に読むと、公安当局のイスラム教徒敵視政策や、違法捜査の実態が如実に記載されていて、問題の本質が、より根深いものであることに気づかされる。以下、流出資料の内容に触れながら、公安警察の問題点を整理してみたい。

    今回の問題は、大きく3つの段階に分けられると私は考える。

    第一がイスラム教徒をいたずらに敵視した公安の違法捜査の問題性。

    第二が厳重に管理されるべき公安情報が一度に大量に流出した情報管理の問題性。

    第三が流出発覚から二カ月近く経って、だれも責任を取らず、認めることもせず、二次被害、三次被害を拡大させた警視庁と政治の無為無策の問題性である。

    第二、第三の問題は既に多くのところで指摘されていることなので、ここではより本質的で根の深い、第一の問題について指摘しておきたい。

    流出資料を仔細に読み進めると、驚くべきことが分かる。日本の公安当局はイスラム教徒であるというだけの理由で、潜在的なテロリストだと決めつけ、厳重な監視や調査の対象にしているのだ。

    平成20年6月13日付の「サミット本番に向けた首都圏情勢と対策」と題する文章の中には、「イスラム・コミュニティーがテロのインフラとなり得ることから、イスラム諸国人の実態把握率向上を目的としてポイント制による特別表彰を実施しています。これまでに約12,677人(H20.5.31現在)(都内のイスラム諸国外国人登録数14,254の約89%)を把握しデータ化しています。」と記載され、調査員に競わせるように全件調査を行っていることが明らかとなった。また、「解明作業進捗状況」と題する書面では、モスクに出入りする全員を監視対象とし、尾行等による面割率が61%であったとの報告を上げ、モスクに出入りするだけで監視対象とするという、公安捜査の実態が浮き彫りとなっている。

    イスラム教徒であるというだけでテロ捜査の対象にするということ自体、信教の自由の侵害であり、重大な人権侵害といえるが、問題はこれに留まらない。

    流出資料によれば、主要な都市銀行やレンタカー会社、ホテルなどが、公安部に対して令状なしでの情報提供に応じているというのだ。更には、ある大手都市銀行が、中東の某国大使館の職員全員の詳細な銀行取引履歴を、公安部に提供していた内容も記載されている。

    こうした違法捜査は強制捜査にも及んでいる。何か口実があれば、逮捕や捜索などの強制捜査によって公安情報を取得するべし、との捜査方針が文書によって明確に打ち出されており、実際に、友人に携帯を買い与えたというだけで不法残留幇助の容疑で逮捕され、二十日間にわたって身体拘束され、その間に携帯電話やパソコンなど無関係の物品の捜査を受けた例も報告されている。完全な別件逮捕で、押収された物品の解析は公安部が行い、イスラム教徒の間の人間関係の把握に用いたという。違法な強制捜査と言わざるを得ない。この人物は結局起訴されることもなく、無罪放免となった。

    流出資料を読み進めるほどに、暗澹たる気持ちをぬぐえない。

    「テロリスト」という言葉と関連付けられただけで、簡単に人権保障の枠組みが乗り越えられてしまうことに恐ろしさを感じる。

    公安捜査はその性質上、密行性、秘匿性が要求され、結果として民主的統制が届きにくい構造にある。それだけに、法令順守の精神や、権力行使の抑制などの点で、配慮の上にも配慮を重ねる必要があるのではなかろうか。野放図に捜査権限が拡大し、イスラム教徒であるというだけで犯罪者扱いする現在のあり方が、長期的な意味で国益にかなうものとは到底思えない。今回の事件を契機に、公安捜査のそもそものあり方に、メスが入れられるべきではないだろうか。

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