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公安テロ情報流出事件のインパクト

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     公安テロ情報流出事件のインパクト

    公安テロ情報流出被害弁護団 
    弁護士 河健一郎
    弁護士 福田 健治

    ※本稿は「出版ニュース 2011年2月上旬号」に巻頭論考として掲載された記事を、出版ニュース社の許諾を得て転載したものです。本ウェブサイトに掲載してきた論考との内容の重複を含みます。


    1.未曾有の大規模流出と無責任な警視庁の対応
     昨年の10月28日、警視庁公安部外事三課のものとみられる捜査資料114点がインターネット上に流出した。114点はファイル交換ソフトのWinnyを通じて全世界に拡散し、20を超える国と地域の1万台以上のパソコンにダウンロードされたという。
    流出した資料の中には、捜査に協力してきた一般人の住所・氏名はもとより、外見的特徴や入出国履歴、顔写真、家族の情報や日常行動など、詳細なプライバシー情報が含まれていた。捜査に協力してきた一般人の多くは国内外のイスラム教徒であり、その国籍も、チュニジア、アルジェリア、モロッコ、ヨルダン、パキスタンといったイスラム国をはじめ、ニュージーランドや、日本国籍の者の情報も含まれるなど、多岐にわたっていた。
    プライバシー情報、特に顔写真や氏名、電話番号等を含む詳細な個人特定情報、本籍地、信仰、前科の有無や詳細、行動実態などのセンシティブ情報が流出したこと自体も問題だが、更に深刻なのは、テロ捜査への協力を要請するため、捜査官が接触しようとした対象者にすぎない彼ら自身が、「テロリスト」容疑者として記載されており、捜査対象扱いされていることである。プライバシー侵害も問題であると同時に、重大な名誉毀損の問題も引き起こしているのだ。
     流出から2ヶ月が経った昨年12月24日、ようやく警視庁は「本件データには、警察職員が取り扱った蓋然性が高い情報が含まれていると認められた」という曖昧な表現 で、事実関係を認めた。もっとも、調査状況の説明を行った警視庁の桜沢健一警務部参事官が会見で頭を下げたものの、流出した情報の管理責任者であったはずの池田克彦警視総監、警察行政全体の管理者である岡崎トミ子国家公安委員長、安藤隆春警察庁長官はいずれも、口頭で遺憾の意を表したのみであり、そもそも弁護団の把握する限り、情報流出の被害者に対する謝罪も説明も、現時点(1月13日)に至るまで一切なされていない。

    2.第三書館の出版が引き起こした二次被害、三次被害
     警視庁や政府が情報流出を認めず事態を放置し続けた2ヶ月の間に、捜査資料114点がそのまま本にして出版された。これが第三書館による『流出「公安テロ情報」全データ』と題する出版物である。第三書館は流出情報に含まれる、一般私人への深刻な人権侵害部分に全く配慮しないまま、まるごと本にして掲載したことで、被害者に深刻な二次被害をもたらした。
     言うまでもなく、情報は受け手に到達して初めて情報としての意味を持つ。
     一定の技術を持つ者がインターネット上に存在するファイルを取得しうるという状態と、印刷・製本して出版物の形にし、書店の店頭に並べて一般人の誰もが手に取れる状態に置くということには、質的に大きな違いがある。弁護団は第三書館に対して数度にわたって、私人のプライバシー部分への配慮を行うまで出版を控えるよう申入れを行ったが、後に詳述する様に第三書館は出版を強行した。第三書館の出版強行行為によって、被害者たちの一般生活上の被害はより甚大なものとなった。
     第三書館の出版物には誤植・乱丁等があった。その結果として自己の名前で別人の情報を載せられてしまうケースが発生し、三次被害まで生ずるに至っている。
     以下、掲載誌の読者にとってより関心の高いであろう出版差止の件について紙幅を割き、その上で、より本質的な問題であるところの流出資料の内容面の分析に触れていきたい。
     
    3.第三書館による出版に公益性はあるのか
     第三書館が前記の書籍を出版したのは、昨年11月末のことである。この本は、公安からの流出資料の「全データ」を改変することなく収録していると謳っている(実際には、編集過程でいくつかの誤植・乱丁等が発生しており、編集側が誇るほどの正確な流出ファイルのコピーにはなっていないことは前述のとおり)。
    筆者らは、出版直後に掲載者からの相談を受け、まずは書籍が書店に並ぶのを阻止するため、11月27日、出版禁止の仮処分を申立て、翌28日、東京地裁は出版禁止命令を発令した。
     表現の自由の重要性に鑑み、プライバシー侵害を理由とする出版の事前差止には、厳格な要件が必要とされる。東京地裁は、本件書籍に含まれる情報は、〇篆佑慮朕余霾鵑任△辰童共の利害に関する事項とは言えず、公益目的でないことも明かであり、またK楫鐔饑劼亡泙泙譴觚朕余霾鵑公開されれば掲載者は重大で回復不可能な損害を被る恐れがあるとして、差し止めを認めた。これまでの名誉毀損・プライバシー侵害に基づく裁判例を踏まえた、穏当な判断であると言えよう。
     これに対して、第三書館側は、本件書籍の公刊には公益性があると主張している。なぜなら、そもそも書籍を公刊した目的は「公安警察による違法捜査の実態を明らかにすること」にあるからだというのだが、そのために個人情報までをも掲載しなければならない必然性は何ら存在しない。単なる編集の手抜きを糊塗しているとしかみえない。
    第三書館は、裁判所に提出した陳述書や第2版のあとがきにおいては、わざわざ個人情報を削除せず掲載した理由として、2点を挙げている。
     一つ目は、被害者に対して、違法捜査の対象となっていることを知らせることだという。しかし、被害者への注意喚起のためであれば、ただ単に流出ファイルを被害者に送付すれば済むことである(実際にそのために必要な被害者の住所までご丁寧に流出しているのだ)。
     二つ目の理由は、被害者が警察に対して抗議行動を取る際の書証として役立ててほしいからだという。残念ながら、仮に被害者が国に対して国家賠償を請求するとして、証拠となるのは流出データそのものであって、この書籍ではない。流出データと書籍の間に齟齬があることは上記の通りだし、そもそも書籍の元となったデータの入手方法の開示を第三書館が拒んでいる以上、この書籍は作成経緯が不明な怪しい資料でしかない。せいぜい、警視庁からの流出が、出版という二次被害を生み重大な損害につながったことの証拠になるぐらいだろう。
     結局、第三書館が主張する個人情報掲載の「公益性」は、いずれにも首をかしげざるを得ない。言うまでもなく、目的は手段を正当化しないのである。流出文書の一部を出版することに公益性が認められたとしても、そのために、私人の個人情報までを晒し上げ、深刻な人権侵害をもたらすような手段を取る必要はないし、相当性もない。全体の利害のためであったとしても一人一人の個人の尊厳を踏みにじるような行為は許されないというのが近代憲法の出発点である。第三書館があくまで目的が手段を正当化すると強弁したときに、後に述べるような公安警察のやりくちと、どのような違いが見いだせるのだろうか。

    4.裁判所の命令を無視する第三書館
     ところで、ここのところ、第三書館の今回の出版行為に言及する文章の中に、看過することのできない事実誤認が含まれているので、指摘しておきたい。
    例えば、小規模出版社で構成される出版流通対策協議会は、12月24日付で、「『流出「公安テロ情報」全データ』出版についての見解」と題する論評を発表している。この中には、次のような言及がある。
     (初版2000部の発行)に対して、国内に居住するイスラム教徒2名が、該当箇所(4ページ半)を抹消しないかぎり出版を禁ずる旨の申し立てを東京地裁に行い、11月29日に発令された。これを受けて第三書館は、該当箇所を抹消して、3000部を重版したという。その後、他のイスラム教徒7名も、出版停止の仮処分申請(数十ページとカバーなどの抹消)し、12月10日に発令された。この間、被害弁護団も結成された。(強調は筆者)
     これだけだと、第三書館は、少なくとも裁判所の仮処分命令には従って出版活動を行っているかのように読める。聞いたところによれば、第三書館はその旨の説明を関係者に行っているようだ。同様の記載は、大手新聞の記事にも見られた。
    しかし、第三書館の説明は虚偽である。第三書館は、弁護人からの申入れを無視しただけでなく、裁判所の命令をも無視して、印刷した本書を売り切るという暴挙に出ているのである。
     第2版の出版を禁じる仮処分決定が最初に発令されたのは、12月10日ではなく12月3日であり、これが第三書館に送達されたのは12月6日である。一方、第2版の出版日は、奥付によれば12月8日であり、「版元ドットコム」を通じた注文の第三書館による発送は12月13日から16日にかけて行われている。
     したがって、第2版の出版・発送は、まごうことなき仮処分命令違反であり、第2版をめぐる第三書館の対応は、司法制度に対する重大な挑戦である。
    この間、第三書館の北川社長は、出版の公益性を主張して仮処分命令を批判し、命令に対する異議申立てを検討している旨を言明している。しかしながら、異議申立てがなされたのは、第三書館が第2版を売り切り、個人情報を黒塗りした第3版を出版した後である12月28日だ。
     すなわち、第三書館は、異議申立てという正当な法的手続を取ることなく、裁判所の命令に反することを知りながら、第2版3000部を売り切り、数百万円の売上を上げたのである。ところが、出版・流通関係者や報道関係者に対しては、あたかも第2版の出版後に2度目の仮処分命令が発令されたかのごとき説明を繰り返し、自らの命令違反の事実を隠蔽している。
    出版の差止めは表現の自由に対する重大な制約である。その是非については大いに議論されるべきであり、我々も論じていくつもりである。しかしながら、裁判所の命令を無視し、与えられた異議申立権も行使することなく、手元の在庫を売り抜け多額の利益を上げながら、これを隠蔽して今回の件を論じる第三書館の対応は、極めて遺憾であるといわざるを得ない。

    5.白日の下に晒された公安の違法捜査の実態
     話を資料の内容の分析に移そう。流出資料には、日本の公安当局がイスラム教徒を潜在的なテロリストだと決めつけ、厳重な監視や調査の対象にしていることが記されている。具体的に指摘しよう。
     例えば平成20年6月13日付の「サミット本番に向けた首都圏情勢と対策」と題する文章の中には、「イスラム・コミュニティーがテロのインフラとなり得ることから、イスラム諸国人の実態把握率向上を目的としてポイント制による特別表彰を実施しています。これまでに約12,677人(H20.5.31現在)(都内 のイスラム諸国外国人登録数14,254の約89%)を把握しデータ化しています。」と記載され、調査員に競わせるように全件調査を行っていることが明らかとなった。また、「解明作業進捗状況」と題する書面では、モスクに出入りする全員を監視対象とし、尾行等による面割率が61%であったとの報告を上げ、 モスクに出入りするだけで監視対象とするという、公安捜査の実態が浮き彫りとなっている。
     イスラム教徒であるというだけでテロ捜査の対象にするということ自体、信教の自由の侵害であり、重大な人権侵害といえるが、問題はこれに留まらない。流出資料によれば、主要な都市銀行やレンタカー会社、ホテルなどが、公安部に対して令状なしでの情報提供に応じているというのである。また、大手都市銀行が、中東の某国大使館の職員全員の詳細な銀行取引履歴を、公安部に提供していた内容も記載されている。
     確かに刑事訴訟法に基づく捜査事項照会という制度はあるが、無制約に行使することが許されるわけではなく、また、提供される情報も犯罪捜査に必要な範囲に限定されるはずである。同様の情報収集は、公安捜査一般において行われていると考えるべきだろう。そこに示されている事実は、肥大化した警察機構が、歯止めのきかぬままにひたすらプライバシー情報を収拾・蓄積・管理しているという、衝撃的な現実である。
     更に、こうした違法捜査は、任意での情報提出要求に留まらず、強制捜査まで用いて行われていることが分かった。流出資料の中には、「何か口実があれば、逮捕や捜索などの強制捜査によって公安情報を取得するべし」との捜査方針が明確に記載されている。弁護団が調査した範囲でも、友人に携帯を買い与えたというだけで不法残留幇助の容疑で逮捕され、二十日間にわたって身体拘束され、その間に携帯電話やパソコンなど無関係の物品の捜査を受けた例が報告されている。押収された物品の解析は公安部が行い、イスラム教徒の間の人間関係の把握に用いたというのである。結局このケースでは逮捕された本人は起訴されることなく、勾留満期で無罪放免となったということであるから、完全な別件逮捕であり、違法な強制捜査と言わざるを得ない。
     流出資料を読み進めるほどに、暗澹たる気持ちをぬぐえない。「テロリスト」という言葉と関連付けられただけで、簡単に人権保障の枠組みが乗り越えられてしまうことに恐ろしさを感じるし、音もなく忍び寄るそうした権利侵害に、何らの歯止めがかからない状態には尚更強い危惧を覚える。
     公安捜査はその性質上、密行性、秘匿性が要求され、そもそも民主的統制が届きにくい構造にある。それだけに、法令順守の精神や、権力行使の抑制などの点で、配慮の上にも配慮を重ねる必要があるのではなかろうか。野放図に捜査権限が拡大し、イスラム教徒であるというだけで犯罪者扱いする現在のあり方が、長期的な意味で国益にかなうものとは到底思えない。今回の事件を契機に、公安捜査のそもそものあり方に、メスが入れられるべきではないだろうか。

    以 上


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