控訴審判決を受けて

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    2015415日、東京高裁717号法廷で控訴審判決の言い渡しがありました(東京高裁第24民事部:高野伸(裁判長)、田辺暁志、瀬戸口壮夫)。

    主文は、「双方の控訴を棄却する」というものです。

     

    個人情報の流出の責任はないとする東京都の主張は一審同様退けられました。

    他方で、ムスリムということのみを理由とした詳細な個人情報の収集は違法だとする原告らの主張も排斥されました。

     

    原告らは控訴審において新たに以下の証拠を提出していました。

     

    1 国連総会に提出された「テロ対策における人権及び基本的自由の促進及び保護に関する特別報告者による報告書」

    ムスリムということのみを理由としたプロファイリング捜査は、効果がないばかりでなく有害であるとする報告書

     

    2 自由権規約委員会の勧告

    本件捜査を対象としてなされた勧告。本件捜査に懸念を表しつつ、警察職員に対し、ムスリムへの広範な監視活動を含む人種的プロファイリングが許容されないことなどを日本政府に対し勧告するもの。

     

    3 人種差別撤廃委員会の勧告

    本件捜査を対象としてなされた勧告。本件捜査に懸念を表しつつ、民族的又は民族的宗教的集団に属することのみを理由とした個人のセキュリティ情報の体系的収集は重大な差別にあたること、警察が民族的又は民族的宗教的なプロファイリングを利用しないことを強く求めることを、日本政府に勧告するもの。

     

    また、原告の請求により、

    4 山本龍彦慶応大学教授の証人尋問

    も実施されました。

    山本教授は収集された情報がデータベース化されていることに着目。個別の情報を断片的、一次的に保有するものではなく、大量の個人情報を長期継続的に保有し、分析・利用することを予定する捜査は、民主的統制=個別の法律がなければ許されず、かつ、通常の情報収集活動よりも厳格な司法的統制に服するべきであることを証言しました。

     

    これらの証拠にもかかわらず、裁判所は、非常にあっさりとした記載で原告らの主張をいずれも排斥しました。

    判決の問題はいろいろありますが、個人的に最も違和感を抱いたのは次の一文です。

     

    「人権委員会及び人種差別撤廃委員会の報告に関する文書(注:各勧告)において、法執行機関関係者によるムスリムの監視に関してされた報告について懸念を表明する旨の記載があるが、これは、人権委員会及び人種差別撤廃委員会が、本件情報収集プログラム又は本件情報収集活動が自由権規約や人種差別撤廃条約に違反するとしているものとはいえない」

     

    人権委員会及び人種差別撤廃委員会は、「人種的プロファイリング」(規約委員会)、「民族的又は民族的宗教的なプロファイリング」(人種差別撤廃委員会)は、いずれも規約に違反するとして懸念を表明しています。人種差別撤廃委員会に至っては、重ねて、「民族的又は民族的宗教的集団に属することのみを理由とした個人のセキュリティ情報の体系的収集が重大な差別にあたる」と宣言し、そのようなプロファイリングをしないよう日本政府に勧告しています。

     

    控訴審のように、両委員会が本件情報収集プログラム・同情報収集活動について規約・条約違反としているわけではない、とするためには、本件情報収集プログラム・同情報収集活動が、「人種的プロファイリング」(規約委員会)、「民族的又は民族的宗教的なプロファイリング」・「民族的又は民族的宗教的集団に属することのみを理由とした個人のセキュリティ情報の体系的収集」(人種差別撤廃委員会)に当たらないと解するほかありません。

     

    しかし、原審は、「警察は,実態把握の対象とするか否かを,少なくとも第一次的にはイスラム教徒であるか否かという点に着目して決していると認められ」ると認定しています。控訴審もこの点を変更していません。

     

    そして、控訴審で原告らが提出した特別報告者による報告書では、「一次的にイスラム教徒であるか否かという点に着目した情報収集活動」は、典型的な人種的・民族的・宗教的なプロファイリングとされています。そうすると、本件情報収集プログラム・同情報収集活動は、「人種的プロファイリング」であり、「民族的又は民族的宗教的なプロファイリング」であり、「民族的又は民族的宗教的集団に属することのみを理由とした個人のセキュリティ情報の体系的収集」と解さざるを得ないように思えます。

     

    東京高裁の3人の裁判官たちが、どの点を捉えて、本件捜査がプロファイリング捜査に当たらないとしたのか、私には見当がつきません。裁判所は両委員会の勧告を無視したと評価するほかないように思えます。

     

    国際テロ対策は重要です。被害が生じる前の予防的捜査が肝心です。しかし、捜査をするに当たり、「一次的にイスラム教徒であるか否かという点に着目」することは許されません。それは、典型的な差別であり、人格権の侵害です。

    9.11以降、世界は一時的にパニックになりました。各国でムスリムか否かに着目したプロファイリング捜査が行われました。しかし現在では国際法に違反するとされています。ほとんどの国でそのような捜査は改められました。このような国際的に積み重ねられた知見を踏まえて、規約委員会と人種差別撤廃委員会は、2014年に、名指しで本件捜査が人権規約や人種差別撤廃条約に違反すると勧告しました。

     

    それにもかかわらず、警察のみならず司法までもがこれらの国際潮流を真正面から無視したのです。

     

    「『日本では、ムスリムというだけで詳細でセンシティブな個人情報を収集されます。モスクへの出入りを監視され、警察から尾行もされます。収集された情報はデータベース化され、警察が自由に利用します。しかもそのことは全く隠されていません。裁判所もお墨付きを与えています。けれどもムスリムの皆さん、どうぞ日本へお越しください、オリンピックを見に来てください』。日本政府からはそのように言われているように感じる。これはダブルスタンダードだし、ムスリムをバカにするものだ」。

     

    原告の一人は今回の判決を踏まえ、このように会見しました。世界には20億近くのムスリムがいるとされています。その人たちは同じように受け止めるでしょう。今回の判決によって、日本の人権感覚は国際常識と違うということを強烈に印象付けることとなってしまいました。

     

    誤った判決が最高裁で是正されるべく、弁護団は原告らと協議のうえ上告する方針です。

     


    控訴審判決(要旨)

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       2015年4月15日、東京高裁717号法廷で、本事件の控訴審判決がありました(東京高裁第24民事部:高野伸(裁判長)、田辺暁志、瀬戸口壮夫)。
       以下は判決要旨です。下線は裁判所により付されたものです。

      第1 主文

       1 1審原告ら及び1審被告東京都の控訴を棄却する。

       2 控訴費用は、1審原告らの各控訴に係るものは1審原告らの負担とし、1審被告東京都の各控訴に係るものは1審被告東京都の負担とする。


      第2 事案の概要

      (省略)


      第3 裁判所の判断の要旨

       ※本判決は、基本的に1審判決を引用しており、以下は、引用部分を含めた判決要旨である。アンダーラインは高裁判決で付加された部分の要旨である。

      1 争点1(警視庁及び警察庁による個人情報の収集、保管、利用についての国家賠償法上の違法性等)について

      (1)憲法20条1項(信教の自由)違反の主張について

       本件データの元となった各文書は、警視庁公安部外事第三課が保有していたものであり、本件データには「モスクの出入状況」等の1審原告らの個人情報が含まれている。

       本件の情報収集活動は、それ自体が1審原告らに対して信教を理由とする不利益な取扱いを強いたり、宗教的に何らかの強制、禁止、制限を加えたりするものではない。日本国内において国際テロが発生する危険が十分に存在するという状況、ひとたび国際テロが発生した場合の被害の重大さ、その秘匿性に伴う早期発見、発生防止の困難さに照らせば、本件モスク把握活動を含む本件の情報収集活動によってモスクに通う者の実態を把握することは警察法2条1項により犯罪の予防を始めとする公共の安全と秩序の維持を責務とされている警察にとって、国際テロの発生を未然に防止するために必要な活動というべきである。また、情報収集活動が、主としてイスラム教徒を対象とし、モスクの出入状況という宗教的側面にわたる事柄を含むことは、信仰内容それ自体の当否を問題視していることによるものではなく、イスラム教徒のうちのごく一部に存在するイスラム過激派によって国際テロが行われてきたことや宗教施設においてイスラム過激派による勧誘等が行われたことがあったという歴史的事実に着眼したもので、イスラム教徒の精神的・宗教的側面に容かいする意図によるものではない。他方、本件モスク把握活動は、外部から容易に認識することができる外的行為を記録したにとどまり、強制にわたるような行為はない。これらを総合すると、本件情報収集活動によって1審原告らの一部の信仰活動に影響を及ぼしたとしても、国際テロ防止のために必要やむを得ない措置であり、憲法20条、宗教法人法84条に違反しない。

      以上は、本件個人データ(本件データのうち、1審原告らの個人情報に関する部分)を収集した当時の状況を踏まえてのものであり、本件情報収集活動が、実際にテロ防止目的にどの程度有効であるかは、それを継続する限り検討しなければならず、同様な情報収集活動であれば、以後も常に許容されると解されてはならない。


      (2)憲法14条(法の下の平等)違反について

       警察は、実態把握の対象とする否かを、少なくとも第一次的にはイスラム教徒であるか否かという点に着目して決しており、この点で信教に着目した取扱いの区別をしていたものである。しかし、これは国際テロを巡るこれまでの歴史的事実に着眼してのものであり、イスラム教徒の精神的・宗教的側面に容かいする意図によるものではなく、本件情報収集活動は国際テロ防止のために必要な活動であり、他方、これによる原告らへの信教の自由に対する影響は、警察官がモスク付近ないしその内部に立ち入ることに不快感、嫌悪感を抱くといった事実上の影響が生じ得るにとどまることなどからすると、その取扱いの区別は、合理的な根拠を有するものであり、憲法14条1項に違反しない。

       1審原告らは、本件情報収集活動は、ムスリムがテロリストあるいはテロリストである可能性が高いという差別的なメッセージを発するもので、ムスリムに対する差別を助長すると主張するが、収集された情報が外部に開示されることを予定されていないことは明らかであり、本件情報収集活動が国家による差別的メッセージを発するものであるということはできない。


      (3)憲法13条違反(信仰内容・信仰活動に関する情報を収集・管理されない自由の侵害)について

       本件情報収集活動によって収集された1審原告らの情報は、社会生活の中で本人の承諾なくして開示されることが通常予定されていないものであるが、警察には、国際テロ防止のための情報収集活動の一環として、モスクに出入りする人について、その信仰活動を含む様々な社会的活動の状況を広汎かつ詳細に収集して分析することが求められ、他方で、モスクへの出入状況や宗教的儀式、教育活動への参加状況という外部から容易に認識することができる外形的行為は、第三者に認識されることが全く予定されていないわけではない。本件情報収集活動は国際テロの防止の観点から必要やむを得ない活動であるというべきであり、憲法13条に違反するということはできない。


      (4)警視庁及び警察庁による個人情報の保有等が憲法13条に違反するか

      情報通信技術の発展に伴い情報のデータベース化等が可能となり、捜査機関による個人情報の収集の局面のみならず、保管、利用の局面において憲法上の問題として検討する必要があるという見解は傾聴に値する。しかし、本件情報収集活動は、もともと継続的に情報を収集し、それを分析、利用することを目的とするものであり、このような情報の継続的収集、保管、分析、利用を一体のものみて、それによる個人の私生活上の自由への影響を前提として前記のとおり憲法適合性を判断したのであり、1審原告らの個人情報の保有等も憲法13条等に違反しない。

      また、1審原告らが指摘する最高裁平成20年3月6日第一小法廷判決(住基ネットの事案)は、住民基本台帳法に定める制度の仕組み等に即して判示したもので、本件とは事案を異にする。


      (5)当審における1審原告らの主張(国際人権規約違反)について

      市民的及び政治的権利に関する国際規約17条に定める個人の私生活上の自由の保護並びに同規約2条及び26条に定める宗教による差別的取扱の禁止は、その内容において憲法13条、14条1項において規定するところと異ならず、本件情報収集プログラム及び本件情報収集活動は同規約17条並びに2条及び26条に違反しない。


      (6)本件個人データの収集・保管・利用は、法律の留保原則、保護法、保護条例に違反しない。


      2 争点2(国家賠償法上の違法性)について

      (1)1審被告東京都について

       本件データは、警察職員(おそらくは警視庁の職員)によって外部記録媒体を用いて持ち出されたものと考えられる。

       警視総監は、本件データが外部へ持ち出されれば、個人に多大な被害を与えるおそれがあることが十分に予見可能であったから、1審原告らの個人情報が漏えいすることのないよう、徹底した漏えい対策を行うべき情報管理上の注意義務を負っていたところ、外事第三課内における管理体制は不十分なものであったとみざるを得ず、このことが、外部記録媒体を用いたデータの持出しにつながったものであるから、警視総監には、情報管理上の注意義務を怠った過失があり、1審被告東京都は国家賠償法による責任を負う。


      (2) 1審被告国について

       警察庁の監査責任者には本件流出事件について義務違反は認められず、1審被告国の責任を認めることはできない。


      (3)本件流出事件発生後の1審被告らの不作為の違法性について

      警視庁及び警察庁は、連携して、尽くすべき義務は尽くしたとみるのが相当であり、1審原告らのいう損害拡大防止義務を怠ったものということはできない


      3 争点3(損害)について

      本件流出事件が1審原告らに対して与えたプライバシー侵害及び名誉棄損の程度は甚大であり、1審被告東京都は、本件データが警視庁が保有していた情報であることを認めていないなどの事情を考慮し、1審原告らについては、一律に、各500万円(1審原告4については、その精神的損害は他の1審原告らよりは少ないことから200万円)をもって相当と認め、その1割を弁護士費用相当の損害と認める。

      以上



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